2026年1月23日金曜日

歌集 均衡

                     1998年7月  22首

 

 

 

 

ふかみどり若き稲見るよろこびにこの旅をなお続けむと思う

 


死びと来て駅に語らうことしばし夏のゆうぐれ赤きダリアよ

 


釣り竿を握って帰りゆく子いてたなばた近きむらさきの川

 


まみどりに伸びたり大空の白雲の白を飽かず見るかも

 


離れゆくよろこび近づくよろこびかわが知らぬ山に灯は灯りけり

 


古き語のこの国の語の字引もてせせらぎの岩に坐り居りけり

 


河づたい海へと歩む潮風のふいにいのちを持つ月見草

 


花ふぶきひとりの目にはあきらかにことに静かに文月はじまる

 


ひとりではもはやなき山なだれくる緑の色をただ身に受けよ

 


鬼百合の花粉の色をてのひらにいよいよ深く(たま)に入りゆく

 


どの酒もうまくつめたく清くある今宵のために生まれ来しかも

 


石拾いつつも来歴問わずなりて山歩くこころしらしらしきも

 


嫁入りの狐の雨に咲く赤き傘のおんなと話しつつ行く

 


国ほろぶほろぶとことば走る街泰然自若のかき氷来る

 


幽霊にちかごろ会わず縁側にひとり坐りて酒汲みており

 


風鈴のガラス絵の拙さすずしくてわが生の盛時なお続くらし

 


はつがつお猫に分けやるゆうがたのつわぶきの葉を照らす望月

 


携行の本ひらく旅の減りゆくを遠ければ遠きことでよき海

 


身障のひと持つたんぽぽ世の中にあかるきものは尽きずあるかも

 


旅おえる漁港のもやしラーメンのはりはりと確かなりこれだけは

 


うちよせるいとしさを膚のくまぐまに震わせてわれは立てるみずう

 


夜かるく梔子の香のはこばれて生死の問いのかがやかしさよ

 

 

 


 

 

[初出] 短歌草紙「行」第六号 平成十年七月(1998年7月) 所収

 (編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5  ホース115-205