2026年1月25日日曜日

歌集 「『新世紀エヴァンゲリオン』への伴走と艤装」

         1997年7月  26

 

 

 

 

「わたしが死んでも、かわりはいるもの」

  『新世紀エヴァンゲリオン』 テレビアニメ編・第拾九話

 

 

 

 

綾波レイうす紫のその髪をなぞるべく指ふたたび洗ふ

 


シンクロ率ゼロの歳月なほ続くわれもひとりの惣流アスカ

 


友をみな失ひて碇シンジ立つ渚にずつとぼくも来てゐた・・・・

 


愛求める?愛とはなに?と問ふことはなに?と短歌にすることはなに?

 


どうしたらいいのかと独語屹立すロンギヌスの槍とそれを認めよ

 


愛=いつはり 涙=いつはり こころさへ思念さへ捨つるべきこの地点

 


原点に家族崩壊持つゆゑかエヴア・パイロットらにふかく親しむ

 


終はりなき自問の流れ終はりなき齟齬として立つわれもシンジか

 


人類は悪より生まれ落ちしもの滅びよとついあなたにも言ふ

 


グノーシス主義者のわれの待つものをまた確かめむ  平曲を聞く

 


線と色のアニメなる虚構さびしさの回路通じてこころに入るか

 


深夜三時また『エヴァ』を見る再起動させるべきわれも一体のエヴァ

 


人生はなるほど補完計画でなにを生むべく澱む魂

 


じぶんとは誰かと問はぬ一刻を夏空はやく行く雲のむれ

 


生なべて尽きぬ記号のたはむれか否といふべくこころは痛む

 


われらなる脳との戦なほさらに激しくならむなにを頼まむ

 


経済効果二億円なる現はれはなにの求めのうつせみの様

 


守るものしかし牽固に隔てする心の壁のATフイールド

 


逃げちゃダメだ逃げちゃダメだと呟きてをりしか十四の冬のわたし

 


人類といふ抽象語なによりも内奥にありて「われ」てふ鎧

 


死と再生シト再生か敵こそはメタレヴェルなるわれのたましひ

 


生は死の始まりしかし/そのゆゑに私のこと好き?死にゆく者を?

 


微笑みは偽りなべて微笑みはとにかくそれはとりわけそれは

 


溶けあへば孤我は壊れる孤の岸に立ち尽くさずに愛すといふか

 


「真実」も「偽り」も大脳生理学のいづれ解くべきホルモン問題

 


殺してやる殺してやるとたれにいふでもなししかし今日もまたいふ

 

 

 


 

[初出]Nouveau Frisson(ヌーヴォー・フリッソン) numéro 67 (19979)

編集発行人・駿河昌樹

東京都世田谷区代田1-1-5 ホース115-205

 

 

 



2026年1月23日金曜日

歌集 均衡

                     1998年7月  22首

 

 

 

 

ふかみどり若き稲見るよろこびにこの旅をなお続けむと思う

 


死びと来て駅に語らうことしばし夏のゆうぐれ赤きダリアよ

 


釣り竿を握って帰りゆく子いてたなばた近きむらさきの川

 


まみどりに伸びたり大空の白雲の白を飽かず見るかも

 


離れゆくよろこび近づくよろこびかわが知らぬ山に灯は灯りけり

 


古き語のこの国の語の字引もてせせらぎの岩に坐り居りけり

 


河づたい海へと歩む潮風のふいにいのちを持つ月見草

 


花ふぶきひとりの目にはあきらかにことに静かに文月はじまる

 


ひとりではもはやなき山なだれくる緑の色をただ身に受けよ

 


鬼百合の花粉の色をてのひらにいよいよ深く(たま)に入りゆく

 


どの酒もうまくつめたく清くある今宵のために生まれ来しかも

 


石拾いつつも来歴問わずなりて山歩くこころしらしらしきも

 


嫁入りの狐の雨に咲く赤き傘のおんなと話しつつ行く

 


国ほろぶほろぶとことば走る街泰然自若のかき氷来る

 


幽霊にちかごろ会わず縁側にひとり坐りて酒汲みており

 


風鈴のガラス絵の拙さすずしくてわが生の盛時なお続くらし

 


はつがつお猫に分けやるゆうがたのつわぶきの葉を照らす望月

 


携行の本ひらく旅の減りゆくを遠ければ遠きことでよき海

 


身障のひと持つたんぽぽ世の中にあかるきものは尽きずあるかも

 


旅おえる漁港のもやしラーメンのはりはりと確かなりこれだけは

 


うちよせるいとしさを膚のくまぐまに震わせてわれは立てるみずう

 


夜かるく梔子の香のはこばれて生死の問いのかがやかしさよ

 

 

 


 

 

[初出] 短歌草紙「行」第六号 平成十年七月(1998年7月) 所収

 (編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5  ホース115-205

 

 



2026年1月22日木曜日

歌集 柿の葉

            1997年6月 26首

 

 

色好みならざらむ男は、いとさうざうしく、

玉の盃の底なき心ちぞすべき

徒然草 第三段

 

 

柿の葉のなほつやつやと若葉なる季節へのことば記し置かむか

 

夜半よりいよよはげしき雨となりこころの初夏の傾るるごとし

 

ジャスミンの香の厚ければタぐれの小暗き路地に歩み緩びき

 

喧騒のゆふぐれ愛しき市場過ぎてなほ生きむかと呟きてをり

 

思ひ出の頻りなる午後いつまでも列車のひととして暮れむかも

 

ふるき和紙二三枚ほど燃やしたし炎ちかごろ見つめざりしゆゑ

 

菖蒲咲く池のほとりに生きまどふ霊ありやわれ触れられゐたり

 

波うねるただ茫漠の海の景思ひて会議の席に着きたり

 

降り募るはつなつの雨のなか駈けて会ふべきひとの待つごとく行く

 

雨続く季節の書物やはらかきぺエジやさしく波うちてをり

 

卯の花のふるうた好みしひと逝きてなべて垣根のゆかしと思ふ

 

暑き日の次も暑き日あけがたに起き出でて空の静けさ仰ぐ

 

胸ふかく風邪に傷みて縁側によろこびて揺るぐ雑草眺む

 

どくだみの清きしらはな避けぽつぽつ肢を落として白猫来る

 

庭すみのおほきかる蛙動かざりかのごとく土を抱きしことなし

 

会はずあれば深み増しゆくかのひととのあはひに開くごとき朝顔

 

名をしらぬ黄なる小花のてんてんと咲きゐるばかりなるよき(こみち)

 

傘ひらくばかりのことに開かるるこころのさまの今朝のうれしさ

 

泥濘に真新しき靴さし入れむと伸ぶれば足も足に戻りき

 

嵐来る夜にこみ上げくるごとき暑さのなかを黄金虫飛ぶ

 

おほかたは手にとれば林檎つめたくて旅の遠さを握るごとくに

 

性愛はひたすらによし南中の日の下ひとり溶けゆく氷

 

咳つづく夜から朝の浅夢はながるる水のおもてのごとし

 

鐘の音をちかごろ聞かぬわが耳の寂しんでをり乗り換への駅

 

真剣に西瓜喰ふ顔るならびてしばらくは夏の昼のしづけさ

 

かたつぶりおそらくは走りをるらしくわづかに揺れのやまぬ八手葉

 

 

 

[初出] 短歌草紙「行」第五号 平成九年六月(1997年6月) 

 (編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5  ホース115-205

 

 

2026年1月21日水曜日

歌集「るるるるるる」

      1997年1月 41首

 

 

ひたすら精神の作戦を研究しながら、

乱世に生きることの容易さを警めつつ

やつてゆきませう。

谷川雁
(昭和二十年、野砲兵とし
ての出征時に、日高六郎
への手紙で)

 

 

わたくしの二十世紀を吹き飛ばしぽんぽんぽんぽん真冬の花火

月光浴かならず月焼けするようにふたり裸で屋根に寝るのよ

 

踏み込みし刹那石榴の幻の宙行くを視し奥羽本線

 

風俗の乱れゆくこと楽しくてマンゴ・パパイヤ抱えきれずに

 

 「戦争か?」「さあ、どうかな」と交わす間にクリームフルーツ餡蜜(きた)

 

曲がり曲がりなお曲がり続く柔らかき駆の何処にいまきみはいて

 

猫の目に未来はいつも大きくて目の見開きをまいにち(なら)

 

会えばいつも重い話になる人といて空見てる 来い来い、円盤

 

乱れ髪幾すじか薄き乳輪に貼りついている姿もよくて

 

荒淫というほどでなし(ほと)でなし シェリー垂らしてまた吸い始む

 

葬儀場の椿みずみずしく崩れかのひとの骨潤うらしも

 

ジーン・ハーロー写真集抱えて入る花菱の肝吸いが今宵殊に美味しい

 

いいでしョと助手席に乗せてくれし人アストン・マーチンさんと憶えて

 

古雑誌とはいえ髪も乳首も太股に落ちる陽もあざやかで

 

これほどの醜さもあるかしげしげと(ろう)()に大きダイヤ見飽きず

 

やれやれと新しき高きビル昇るトーキョー・グレーの色すてきとか

 

三島全集売り払いたり書架も払いカメリヤの大き鉢置きにけり

 

冬紅葉かがやくものをこの数日しきりと肌に付けたき気分

 

孝行をしたい時には潔く美しく亡きものであれ、親

 

アミちゃんとユミちゃんの歌う声がする 八百屋のハッちゃん以前(まえ)から純真

 

駿河なんてと軽んぜられて帰る道ああ餡蜜が今日は喰いてえ

 

不忍池まで緑の傘さして御家人の裔わが家族過ぐ

 

買い物につい出るだけで疲れ果てBossとかJive眺めていたる

 

 性欲的(ウイタ・)生活(セクスアリス)』海に投じる夢ののち浜に裂きしは嫁という字か

 

まなざしという見苦しきもの隠す気配りもなきガキの時代か

 

ちょびちょびと「言語道断」啜りつつ言葉少なの逢瀬でしたネ

 

けっきょくはどいつもこいつも……言い切らぬことつねによし夜の牡丹雪

 

腿見てとすぐスカートをあげるから唐詩選などまた開くわけ

 

『正徹日記』今日は開かずダンヒルの箱わきに置くそれも吸わずに

 

その昔ポインセチアをくれしひとの急逝聞きてポイン、ポ、ポイン

 

敬愛する唯一の作家バロウズさまあなたさまならケツあずけます

 

「楽天平成にっぽんパンザーイ!」と平成八年の天皇誕生日に

人生のかるさの果てよ拷問も処刑もことば辞書には出てる

 

スティーグリッツによるオキーフのヌード写真を見て

オキーフの陰毛ならぬ陽毛の豊かなるかな1919

 

ユリ好きの女に贈られたるユリのああ凡庸のなんたる白さ

 

日本びと寂しからずや会話するひとびとの首のかくかく動く


朝ぐもりあかあかと陽の色したるワンピース待ちている九段下


教会に入りゆくひとは夏服の薄いピンクやブルー、イエロー


愛の語をしみじみと見し少年期iよりa音好みてありき


ねっとりと赤ん坊の便鬱金なり武蔵野深く列車入りにき


此道や行人なしに秋の暮 芭蕉
わが道も行くひとなしに秋の暮れるるるるるると駿河昌樹す

流行はとにかく外す 柿の木の柿の実食べて柿の種出す

 

 

 

  [初出]短歌草紙「行」第四号 平成九年一月(1997年1月)

 (編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5  ホース115-205

 

歌集「風塵消光抄」

     1996年7月 30首

 

 

戦争を報じる紙面に鼻よせれば早春の草の鮮烈の香よ

 

歌枯れて今日は女の胸欲しとうずきつつ水を飲む水を飲む

 

果物の腐敗の臭い地に満ちて幸福と呼ぶべきもの多し

 

虹鱒の虹消えて夕飾おわる頃ジュディー・ガーランドかける淋しき友よ

 

極楽という言葉そのごつごつとした音憎む 憎むこともよし

 

雨降ればやわらぐほどの苛立ちを硬く保ちてきょう雨期に入る

 

歳重ねる度捨てていく明晰という若年の虚栄のひとつ

 

乾き切るまで眺めても飽かぬ糞をそのままに発つアフリカ高地

 

罵りてその極まりを過ぎてよりいずこの河の華の記憶か

 

みな夜へ入りゆく流れほとりにて待つべきものもなき神田川

 

行く先の渋谷には深く落葉してひたすらに暗き幽谷なきや

 

あくがれる魂のつらさとわれなりて夕べ敷居に黒く立ち居り

 

くれないを黄を山河に散らす風()を散らさぬかまだ散らさぬか

 

抱くという思いの粗さ鎮むべく石持ち上ぐる夏川の端

 

ぞんざいに拭かれてありし黒板の深山の岩のごと緑なり

 

五指に満たぬ回想のなかに母はあれひとり焼く肉の音の楽しさ

 

西空をふと西方の空と呼ぶその一瞬の灼紅の胸

 

こころついに踊ることなき再会のあいだ揺曳やまぬ虚子の句

 

あたらしき肉欲しと思う硬質の衝動として湯に浸るなり

 

どぼろくをなみなみなみと注ぎし後この静かなる秋の(かいな)

 

十一月凝結しゆく血溜りの色して花を落とさぬカンナ

 

美しき髪と目を持つ娘あればと思えり老いとこれを呼ぶべし

 

秋川のおもての澄みて水泡の鮮明にながき命なるかも

 

熟れず落つる柿の実の音かたくしてつらきことある秋の心は

 

様々なる意匠の枯れていく気配美しき雨渋谷過ぎけり

 

春雨のかなた島影しろく立ち購敗はなべて遠き茫々

 

闇うすきあかときわれら寝ぬる部屋の薄やみとしてきみを抱くかも

 

水揺れる一瞬の世界河骨の黄ほどの笑みの輝かしさよ

 

風ふけば柳の糸を髪として名を名乗れきみは春野みどりと

 

はつなつの木の下閣に香り持つ(しし)(むら)のきみをひたすらに欲し

 

 

 

  [初出]短歌草紙「行」第三号 平成八年七月(1996年7月)

 (編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5  ホース115-205

 

2026年1月19日月曜日

歌集 「夏祭りまで」

      1996年6月 14首 

 

 

 

白肌も胸のふるえも求めねば少し離れて夏祭りまで

 


酸漿の赤きを白き白き歯に軽く噛みつつわが(かいな)とる

 


わが()れし八月近し一夜二夜花火の夢のしずかに続く

 


触れし胸ことに乳首甦る立夏のあつき闇のひとりよ

 


蛍光灯しらしら寂し脱衣する滅びし者の女のごとく

 


なお触れぬ部位求めこころ滑るとき寄せくる波の青の数々

 


口もとのふと寄る皺のいよよ濃く立夏を刻む緑濃き園

 


絡まり来る中指の腹紫陽花の花弁の(はだえ)乾きていたり

 


ふと欲のなき肉体の澄みゆくか滝近き水面(みなも)白き鳥過ぐ

 


詳らかに詳らかに見るどの肌も甲虫のごとき精巧さ持つ

 


夜の床に吹き入る風のあきらかに悔い持たぬ()には人肌に似

 


どの恋もはるばると遠き夏の沖大き白船近づかず去らず



脱ぎ置きし服の皺影さかのぼる(いにしえ)のかたち他にあり得



終着の駅人声は絶えており低き讃歌のごとき蜂群れ






  [初出]短歌草紙「行」第二号 平成八年六月(1996年6月)
 (編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5  ホース115-205)

2022年5月29日日曜日

歌集「色の残り」

 1995年12月 全24首


 

 

独り句の推敲をして遅き日を

高浜虚子 辞世

 





はつなつの木の下闇に香り持つ叢(ししむら)のきみをひたすらに欲し



夜ひとり敷布つめたきなかに入りてそのつめたさにきみを恋いたる



あくがれる魂のつらさとわれなりてタベ敷居に黒く立ち居り



闇うすきあかときわれら寝(い)ぬる部屋の薄やみとしてきみを抱くかも



いくたびも脇から腰へ撫でさすりいくたびも細き震え流れき



指先のときどきの強さ吸うことに巧みなる海の生き物のごと


ほたほたと力よわげに敲くのもしばらくはよく声洩らすなり



髪に散る束の間われはいにしえの色このむ身になりておらむか



蛾の落ちる音にさえ揺れる乳頭のめぐりの空の澱めるごとし



畳まで伸びし手をまた背に受けて垂直の熱き神を迎えむ



腰にわく汗つぶつぶと薄闇に覚めし目になお美しくあり



味蕾みな研ぎ澄まされていく時を夜のからだの艶のゆたけき


あかときを定まりて鳴く虫の音に片房白くやわらかくあり



藤の花の蕾のごとき滑りありて滑りのなかにたましいはいて



足ゆびのひとつひとつが味を持ち温かさ持ち朝となるかも



むらさきの声満つる野辺のつめたさにこの双房の揺れの静謐



どの音も崖に立つごとく澄む夜の背にひろびろと背の匂い立つ



桃もなくオレンジもなき冬床にふかく走って熱しゆく血は


むしろわが身の猛るさまになお猛りふかぶかと追うこの牝鹿を



いそぐ身をいくたびも押さえ聴く瀧の舞う水塊のひとつひとつを



われにしてわれならぬもの労(ねぎら)わむと枝のしずくを受けるごとくに



露草の青ほども青き腕輪してこの潮騒がわれを抱くかも



わが背(せな)の肉すじの向きになじみたる手のひらかれて冬の窓玻璃



あたらしき肉欲しと思う硬質の衝動として湯に浸るなり



 



【初出】

雑誌「短歌草紙 行」 創刊第一号 

 [1995年12月]

 (編集発行人:駿河昌樹  発行場所:東京都世田谷区代田115 ホース115205

 

                                       


【参考】

短歌草紙『行』 序


嗜みということがある。生活のなかで倦怠に陥りやすい精神に、涼風を通す程度に芸事を楽しむということで、けっしてそれに打ち込むなどという野暮はしない。わたしの短歌はまさに嗜みであって、この度の日本滞在の気紛れにすぎないといえる。いずれ日本人としての肉体を離れた後には、いい思い出になることもあろうと続けてきたまでである。文学にもずいぶん労力を費やしていると見えるかもしれないが、わたしは本気ではない。社会の階梯の争いを見物し、名を残し業績を競う世間一般の賑わいを祭りさながら他人事として楽しみ、塵を払いながら浴衣がけでのんびりと瞬間瞬間の微妙な生の彩を味わう。このほうが楽しいのは、あるいは江戸っ子としての血の必然かもしれないし、あるいはまた神秘家の端くれとしての自然な性向かもしれない。 青すじ立てて創作やらなにやらであたりを緊張させ、結果としてろくでもない下らない反古で雑誌や本を埋め尽くす馬鹿どもの存在ほど腹立たしいものはないが、世間がそういう馬鹿どもで溢れかえっている時に、小部数無償の罪のない草紙をつくって、冗談のわかりそうなひとたちに配って生を浪費していくのなど、アイロニカルな楽しみとしてはなかなか淡泊上品な部類に属すると思う。


 平成七年十二月         

                                       

    


2022年5月22日日曜日

歌集「錦繍」

 1995331日 32

 


  

草は山吹、藤、杜若、撫子。池には、蓮。

秋の草は、荻、薄、桔梗、萩、女郎花、藤袴、

吾木香、刈萱、竜胆、菊。

黄菊も。蔦、葛、朝顔。

いづれも、いと高からず、ささやかなる、

墻に繁からぬ、よし。

吉田兼好 『徒然草』第百三十九段

 

 



 

どの端も明らかならぬ灯火のよわきひかりのもとの錦繍

 

夜盥に水溜めていたり喪失のたしかなる水と譬うものありて

 

つぶつぶと肌甦らせるあかときの気のつめたさの讃を拒まず

 

瀧模してひかりなだれる朱のネオン盛時過ぎゆくこれが証か

 

わが指のつめたさのむしろ頼むべき精緻萌えたつ兆ならずや

 

静けさのまことしやかに変身の夜は明くあかくひんがしの燃ゆ

 

この生のどこよりわれの生と思う就寝の闇の細さ薄さよ

 

もの燃える音に溺れる激しさの伝承の裔のわが耳ふたつ

 

電球のあかりの硬さ碧なす深山の河のイデーの硬さ

 

眠る眠る猫の冬日の耳聴かぬ海の潮の立ち直る音

 

やがて湯になりゆくものの騒乱の白玉踊り始めたるさま

 

遠ければ音みな吾に響きくるかなしみのかたち昇る日のころ

 

いずこへと眠り向くべし麦秋のうなじの肌のあかるき妻よ

 

人間のわが手の甲を指先を寒き夜に見る人間の手を

 

馴染み薄き言葉あまりに多過ぎてアロエなど撫でて鎮めるこころ

 

二月尽つめたき畳触れいし後わが手愛するこころ進みぬ

 

みぞれ降りはじめし音にようやくに開く部屋ありて心なお暗し

 

部屋の闇いつも黄金にやや似たる薄明りすと眺むわが目は

 

旧き詩の本の破れに触れむとする時なにひとつ虚空に咲かぬ

 

生命ただ過ぐという思い鎮まりて眺むればなべてもの異様なる

 

寒きことに頬は親しみやすくしてしんしんと夜のさみしさとなる

 

天狼星わかく夜にありわが過ぎし歳月老いを構成しえず

 

ながくながく忘れられいし幸福の色して菫咲く庭を持つ

 

文体のふと萌ゆる夕べ冬ざれを冬ざれとしてわれは生き来し

 

ゆおびかに空につながる若き麦の原知らぬわが愛語ゆおびか

 

茶の温み求める指のつかの間の線延びる先の星もあるべし

 

寒さ降る一年のわかさ夜よるを奔るものいまわれ貫きぬ

 

わが盛りひとたびとして持たざるをやや温み持つらしき文机

 

親しみて来しひとの肌老いゆくを眼つぶりて川端におり

 

故しれず老い進めると思う一日遠き玩具の独楽の回転

 

われなくばなに持つ景か声のなき叫びのごとくひかる厨は

 

戦争を報じる紙面に鼻よせれば早春の草の鮮烈の香よ

 

電灯の線垂れておりそを眺むこれほど眺むこころと知りぬ

 

 

 



【初出】

雑誌「NOUVEAU FRISSON(ヌーヴォー・フリッソン)」 32 

 [1995331]

(編集発行人:駿河昌樹  発行場所:東京都世田谷区代田115 ホース115205

 

                                       


【参考】

NOUVEAU FRISSON(ヌーヴォー・フリッソン)」 32 編集後記


一九九五年一月の歌より選んだ。わたしの文体のもっとも良く出たものと思う。「われ」という語をいつもより多く用いて作歌した。この語を減らせば、自意識の抑制がなされると考えるひとがいる。浅薄な思い込みというべきである。「われ」は単なる語にすぎない。むろん、花鳥風月さながらの心域を開き、往々にして「あはれ」に劣らない豊饒なる空虚を齎(もた)らす語ではあるが。

 

一九九五年三月