1995年12月 全24首
独り句の推敲をして遅き日を
高浜虚子 辞世
はつなつの木の下闇に香り持つ叢(ししむら)
夜ひとり敷布つめたきなかに入りてそのつめたさにきみを恋いたる
あくがれる魂のつらさとわれなりてタベ敷居に黒く立ち居り
闇うすきあかときわれら寝(い)
いくたびも脇から腰へ撫でさすりいくたびも細き震え流れき
指先のときどきの強さ吸うことに巧みなる海の生き物のごと
ほたほたと力よわげに敲くのもしばらくはよく声洩らすなり
髪に散る束の間われはいにしえの色このむ身になりておらむか
蛾の落ちる音にさえ揺れる乳頭のめぐりの空の澱めるごとし
畳まで伸びし手をまた背に受けて垂直の熱き神を迎えむ
腰にわく汗つぶつぶと薄闇に覚めし目になお美しくあり
味蕾みな研ぎ澄まされていく時を夜のからだの艶のゆたけき
あかときを定まりて鳴く虫の音に片房白くやわらかくあり
藤の花の蕾のごとき滑りありて滑りのなかにたましいはいて
足ゆびのひとつひとつが味を持ち温かさ持ち朝となるかも
むらさきの声満つる野辺のつめたさにこの双房の揺れの静謐
どの音も崖に立つごとく澄む夜の背にひろびろと背の匂い立つ
桃もなくオレンジもなき冬床にふかく走って熱しゆく血は
むしろわが身の猛るさまになお猛りふかぶかと追うこの牝鹿を
いそぐ身をいくたびも押さえ聴く瀧の舞う水塊のひとつひとつを
われにしてわれならぬもの労(ねぎら)
露草の青ほども青き腕輪してこの潮騒がわれを抱くかも
わが背(せな)
あたらしき肉欲しと思う硬質の衝動として湯に浸るなり
【初出】
雑誌「短歌草紙 行」 創刊第一号
[1995年12月]
(編集発行人:駿河昌樹 発行場所:東京都世田谷区代田1-1-5 ホース115―205)
【参考】
短歌草紙『行』 序
嗜みということがある。生活のなかで倦怠に陥りやすい精神に、
平成七年十二月