2020年8月22日土曜日

歌集 「ヴィアン・フルシチョフ短歌クラブ六月第一回例会」

1986年 全25首

 

 

苦しい頃


海は家 野は失ひし故郷とつぶやきながら日を送るなり

また今日も生きのびて一日年輪を増やしつつ何の材となりゆく


運命と書き記したる白き紙は荒れ野のごとし目を瞑る時


トリュフォーの「あこがれ」も過去の憧れと呟きつつも券求め来る


通り過ぎし貨物列車の至る地を想ひて今日の力とすなり


馬を駆つて荒野を羊追ひゆきし牧童の春よ前の世の春


青空に広がりし楡の若き葉をわが事のごとく仰ぎ見るかな


「テキストの一語ばかりに馴染みたる女生徒とふたり森に入りけり


炎天の夏咲き占めるひまはりの夏この夏もわが夏ならず

わが放浪語れるほどにむなしさのかたちは遠き軍港に似る


クラスィカル


醒むるごと藍まさりゆく紫陽花のこころに愛の術たづねけり


白酒に青きもみぢ葉浮かばせる夢春雨の夜も浅き頃


降りやまぬ雨に「立夏」と言ひそへる捨てるには惜し温き菖蒲湯


水草のごと草木はやはらぎて五月雨雲の低き暮れがた


庭の()に激しかるらし夏草の生ふる野へ出でむわが合歓を離

大輪の枯れ菊の花弁ただひとつ摘みて我が身の実りといふか


時失ひ世に余されて待つこともなく更待の夜ぞ明かしつる


ものこころ細く敗蓮風に並み秋経る身にぞ実りなほ無き

 


青い夏の実


静かなる小麦の色をこの夏も空より吸ひて街に戻らむ


オレンジを剥く白き手をのぼり来れば君が肩上(かたへ)に夏島は見ゆ

波さわぐあの青深きあたりまで我らが愛の遠投をせむ


前髪を離れて何を宿すらむ水着の端に落つる水玉


君が背の肌の熱きをいかに知らむ金砂のたぎつ波にあらねば

飲み切れず捨てられもせずコーラ缶腿にはさんで君だけの浜


甘皮を舐めれば辛し浜に来て土用の海に手のみ浸す日

 

 

 


【初出】雑誌「かもす」第2号 1986年6月28日 (発行人・かもす屋徳右衛門 編集人・駿河昌樹 参加者・川島克之/須藤恭博/高島慶子 発行所・かもす屋豊島第二工房