2020年8月22日土曜日

歌集 「ヴィアン・フルシチョフ短歌クラブ 八月と六十三の歌」

1986年8月1日~30日 全63首



かきつばた散りて萎れにし花びらを春脱ぐ皮と風や説くらむ

古きフィルム首切るJap.のあの笑いあの歯あの目とボクの関わ


ヒロヒトの背の寂しさをどう思う―ジャンに問われて「歳さ」と済ます


水道をみずみちと読む子を連れててつみち沿いに罪摘み包み


はらはらと鳥ら降り来る星砂の浜に二千と一の足跡


爪切りの鉄の熱さも台風ののち鎮まりて夏の晩年


夏風は遠く遠くに退きて置き捨てられて遠浅の海


揺らぐ葉の一枚になにを求めてかエビガラスズメは宙に揺るがず


戦争がすべて変えたと言われれば黙るほかなし電柱と空


「わたくしは猫という名の狐です……」覚めれば君の白き首肌


変わり目を苦とや思いし母のこと秋茄子見る日ふと思い出す


ビニールの時計を買いて我がものとせんやわらかき軽き時間を


それを削ぐ朝昼晩とそれを削ぐ目には見えねど削ぎ落とすべし

〈男〉性を強いられて来し我が胸の乳首は今も夢に焦げおり


ほうせんか種飛ばせ種Tシャツの白にはじけて夏締め括れ

電燈を消せば染み来る夜の闇その色問うな問うな心も


イエス!イエス 異端の我も君の名を呼びつつ告げるべきことはあり


夜を捨て我守り来し夢も捨て開き始める花に近づく

ああ紫苑ここにかしこに背を伸ばしゆかしき色を過去よりや吸う

送り火の頃過ぎて陽を知る蝉は秋づく空ゆ歌学ぶらし

母の背は空の一部かみどり児の空飛ぶためのこの小靴には

瑠璃色の飴玉ひとつポケットに隠してるりの夏の登校


色あせしなまこ板より垂れる水不易ならざるものはかしまし

生きる術ふいに心に得たる日は暑さもなにか嬉し狂おし

めだか子よ頭小さく身は細くなにがおまえを守っていくの?

このコップせぴあの色は水のため汲まれ飲まれるひとときの海

『椿姫』また読み終えて裏表紙めくれる上にエタノール置く

海よ海……呼びかけばかり絶えることなく隔たりて「海」とただ書く

むくげ見て床にて花のあたりの香思いはせつつ眠らんとする

眠りたる腕ついと伸びペンをとり春の小川を描きはじめる

長月になお衰えぬ朝顔の蔓の伸びたる先のそよ風

くやしさを新しき歌の糧とすと言う人までで終わる歌会


玉虫の死骸をぼくと彼女との間に生まれる秋に捧げる

ほおずきを含みてなにか日本的なるもの探す仏人の君


腋を剃るいっとき君の頬かたく乳房もきつく我を拒める

「ペルシア語重要単語3000」も詩法の随や究極の秋


生き死に野行けばすすきを凌ぐ風 前生の骨の鳴りているらむ

原爆を許すなという広島の或る人の語気酔い過ぎており

千羽鶴万羽を折って南京の万人抗をこそ訪ねに行かん

ニッポン人、宣長、ソニー、松陰……と露語学びつつ落書きをする

藤原の名に惹かれけむ熊蜂の舞い寄る底のわが定家集

定家集定価九八〇〇円花鳥風月貨幣経済

立体の表面積と質量を求めよ 雲と鶏頭の花

空あおく雲しろくあかき鶏頭をめぐりて夏の現像のとき


出会うひと皆に「夏子!」と声かけて潮散る渚駆けてしゆかん

タ空滲みてつめたく青みゆくコンクリートの壁を見る時

貧血で倒れし少女抱き起こすより先に服のみだれを直す

高く濃くコバルトに光るもの空と呼びならわして地球の思考

マイヨンヌ、マイヨンヌ… 名をくり返し想像をせよ意義の死生きよ


「想像力は死んだ。想像せよ」と言うベケットも老ゆ不条理の秋


甘藷の葉陽に凌がれて萎える午後潮鳴りやふと耳に来しもの


夢にこそ来てし花束ともに編み目覚むれば手に残る草色


109裏の飲み屋の大柳時も所もわきまえており

われを濃く色全開に焼き出して現実と陽の化学反応

 

夏は死を逃れて秋のこの空へ這入りにけるや力満つ雲


鬼百合のめしべに蟻は惑い来て一期一会の今生の空


「あら、雪が…」受話器と我を置き捨てていざなわれゆく君この夕も

 

一粒の葡萄を食めば紫の国ひろがりぬ入りてし酔わん

 

梻(しきみ)忌み閫(しきみ)に風の寄す香をも怪しとて若き巫女は祓える


野にあそび幾多の花の香につかれ戻りゆかむか虚無澄める海


わが敵は詩想せぬ者わが命は殺戮にあり栄えあれ言葉

 

詩想せぬ者ら家畜の殺戮を命とや覚ゆ牧神の午後

株式報ひとたび風にさらわれて飛べば詩、空も地をもめぐりて

 

 

 

【初出】雑誌「かもす」第4号(発行人・かもす屋徳右衛門 編集人・駿河昌樹 参加者・川島克之/須藤恭博/阿藤参三郎)