1990年6月19日 全33首
ウィトゲンシュタインと遊んでいろ口紅吹きすさぶ春の雪淫すさぶ
木苺の絵ひらく二月身捨つべき革命花いつも異国にひらく
夏の夜の天よりながき一本の葦 避暑の少女のキャミゾール冷えて
あかつきの滑走路わきで電池切れ 『冬の旅』絶えて風へ岬へ
『堕胎詩集』に噴水飛沫ながれ来て 吾子のヨットはながれながれ
六畳間の午睡 しずまる水底に聖なる蓮ひらきエメラルドの破水
アールグレイ・ティー飲みのこし発つ多島海 詩郷(ポエティカ)求むる者の礼節
カラヤンの白髪ついと甦る 氷上うつくしく死後硬直(リゴル・モルティス)する白魚
ジョルジョーネに夕日がかかるあざやかにあざやかに処女の太腿腐
てのひらに掌中蘭和かなかなを遊(すさ)びに訳す 篠(すず)を風過ぐ
朱雀失せし霞ヶ関すきずきしくあわれなりあらたまの都市
荒道具商ジョナサン・
ボール・ヴァレリーより平成二年年賀来てとりあえず青き海橙(あ
平成元年百円硬貨ゼブラペンにかわる 秘本焼きたしふと純情に
媚薬切れて萎えし乳房やさしやさしゴヤ淡雪の夜ばかりは
ありえぬ本を手に四月のベトナムへ たとえば『短歌のたくらみ、血の楽しみ』など
コクトー劇集十二ページに葵(モーヴ)のくちづけ 『トゥーランドット』噴々たる夜
知識人・歌人・哲人 融合はやさし女らと熊掌かこむ夜ばかりは
椎名桜子の鱗粉べったりと顔に 昭和十九年輪姦死せし鮮女そこ此処に
放尿絢爛たるダヴィデ・ジオット 伊太利人(イタリアン)・二十歳(はたち)・両性具有者(アンド
作詩用可塑性油脂(ショートニング)漏電(ショート)して失地回
チャウセスク夫妻よこたわる その上の赤い灯油缶一缶九百円也
ミシェル・フーコー淫乱あたまてかてかと巴里徘徊 八十年代の偉大、売淫
山葵漬け厭々(あきあき)しゴロワーズ吹かす 斧鉞(ふえつ)くわえるべし腐儒に風紀に
超ひも理論超えられておだやかな春日 白罌粟博士あおく悲しむ
バットゥータ読むとき旨き月桂樹茶(ローレルティー) 砂漠は砂漠、遠きゆえ酷きゆえ
ジョーン・フォンテーン愛するゆえ見る深夜興行 悲嘆持つべし幸福(しあわせ)よりは
春まさに鬻(ひさ)ぐ薔薇あきんどブロッホさながら鼻肥厚して
風眼完治 ヴェネスィアンレッド眼鏡(グラス)掛けても酢の香はみどり
馬鈴薯の白き切り口 淫漏らすすべ知りし秋の少年と居り
エンゼル書店女店員治子(はるこ)春越してなおも純潔ただの純潔
青き麦つめたく靡くなびかざる亜麻色の髪 感情教育
うつくしき乳房ふつふつ汗わいて黒肌沸点途上のマリア
【初出】雑誌「NOUVEAU FRISSON(ヌーヴォー・フリッソン)」 1 [1990年6月19日](編集発行人:駿河昌樹 編集委員:駿河昌樹/川島克之/須藤恭博 発行場所:東京都世田谷区代田1-7-14)