2020年8月27日木曜日

歌集 「スターバト・マーテル」

1990年6月19日 全33首



ウィトゲンシュタインと遊んでいろ口紅吹きすさぶ春の雪淫すさぶソーニャ


木苺の絵ひらく二月身捨つべき革命花いつも異国にひらく

夏の夜の天よりながき一本の葦 避暑の少女のキャミゾール冷えて

あかつきの滑走路わきで電池切れ 『冬の旅』絶えて風へ岬へ

『堕胎詩集』に噴水飛沫ながれ来て 吾子のヨットはながれながれ

六畳間の午睡 しずまる水底に聖なる蓮ひらきエメラルドの破水


アールグレイ・ティー飲みのこし発つ多島海 (ポエティカ)求むる者の礼節

カラヤンの白髪ついと甦る 氷上うつくしく死後硬直(リゴル・モルティス)
する白魚


ジョルジョーネに夕日がかかるあざやかにあざやかに処女の太腿腐

てのひらに掌中蘭和かなかなを(すさ)びに訳す (すず)を風過ぐ

朱雀失せし霞ヶ関すきずきしくあわれなりあらたまの都市

 

荒道具商ジョナサン・コーンウォール卵黄をぐいと呑み干しヒヤシンス切る

ボール・ヴァレリーより平成二年年賀来てとりあえず青き海()きオレンジ

平成元年百円硬貨ゼブラペンにかわる 秘本焼きたしふと純情に

媚薬切れて萎えし乳房やさしやさしゴヤ淡雪の夜ばかりは

ありえぬ本を手に四月のベトナムへ たとえば『短歌のたくらみ、血の楽しみ』など


コクトー劇集十二ページに(モーヴ)のくちづけ 『トゥーランドット』噴々たる夜


知識人・歌人・哲人 融合はやさし女らと熊掌かこむ夜ばかりは


椎名桜子の鱗粉べったりと顔に 昭和十九年輪姦死せし鮮女そこ此処に

放尿絢爛たるダヴィデ・ジオット 利人(イタリアン)二十歳(はたち)両性具有者(アンドロジナス)

作詩用可塑性油脂(ショートニング)漏電(ショート)して失地回復もはや望めぬ薔薇(エグランチーヌ)

チャウセスク夫妻よこたわる その上の赤い灯油缶一缶九百円也

ミシェル・フーコー淫乱あたまてかてかと巴里徘徊 八十年代の偉大、売淫

山葵漬け厭々(あきあき)しゴロワーズ吹かす 斧鉞(ふえつ)くわえるべし腐儒に風紀に

超ひも理論超えられておだやかな春日 白罌粟博士あおく悲しむ


バットゥータ読むとき旨き桂樹(ローレルティー) 砂漠は砂漠、遠きゆえ酷きゆえ

ジョーン・フォンテーン愛するゆえ見る深夜興行 悲嘆持つべし幸福(しあわせ)よりは

春まさに(ひさ)ぐ薔薇あきんどブロッホさながら鼻肥厚して

風眼完治 ヴェネスィアンレッド眼鏡(グラス)掛けても酢の香はみどり

馬鈴薯の白き切り口 淫漏らすすべ知りし秋の少年と居り

エンゼル書店女店員治子(はるこ)春越してなおも純潔ただの純潔

青き麦つめたく靡くなびかざる亜麻色の髪 感情教育

うつくしき乳房ふつふつ汗わいて黒肌沸点途上のマリア

 

  


 

【初出】雑誌「NOUVEAU FRISSON(ヌーヴォー・フリッソン)」 1 [199019]編集発行人駿河昌樹 編集委員駿河昌樹/川島克之/須藤恭博 発行場所:東京都世田谷区代田1--14)


                             
歌集「スターバト・マーテル」からは、1990年6月創刊の新雑誌「NOUVEAU FRISSON(ヌーヴォー・フリッソン)」への 掲載となる。この雑誌は短歌、自由詩、散文から構成され、1999年の第84号まで制作が継続された。常時40~50部ほど、最盛時には200部ほどが作られた。現在でも廃刊されてはいないが、2000年より、自由詩は新雑誌「ぽ」へ、散文は新雑誌「トロワテ」へ、短歌は新雑誌「行」「朱鳥」「めひしば」などへ分化されたため、いわば発展的に透明化されたといえる。
  「NOUVEAU FRISSON(ヌーヴォー・フリッソン)」 の名は、ヴィクトル・ユゴーが若きボードレールに送った賛辞、「新しき戦慄」から採られた。